| 唐津藩 | 参勤交代のため大名行列が往復した。 |
| 黒田藩 | 長崎警備のため、寛永18年(1641)から明治元年(1868)迄佐賀藩と1年交代で任務に当たるため継続して通行した。 また、御茶屋(別荘)が姪浜にあった。 (浜家奥様談) 大応国師が姪浜に着かれた時お助けしたのは、浜家と浦家です。(1267兎の伝説)御茶屋は、黒田のお殿様の別荘だから旅館ではないので誰でもは泊めない。 林大学と坂崎出羽守が泊まったことは、書き残されています。 お殿様が清遊にこられる時馬を繋いだ所が屋号「うまや」柴戸さん宅です。 道中着を着替えられた所が津村さん宅の土蔵辺りです。 |
| 飯尾宗祇 | (1421-1502室町時代の連歌師)文明12年(1480)筑紫紀行 姪浜文吉に宿す。 |
| 豊臣秀吉 | (1630-1714儒学者)筑前続風土記 養生訓など著書多数 |
| 司馬江漢 | (1738-1818浮世絵師銅版画家)西遊日記薯天明8年(1788)1月12日平戸より帰途、深江より(馬)-前原-(駕篭)-今宿唐津屋利兵衛方泊 姪浜に着き福岡に行く。 |
| 亀井南冥 | (1743-1814儒学者医者)姪浜に生まれる 早船家石橋家は姻戚 |
| 広瀬淡窓 | (1728-1856儒学者)1809年大村藩主に講義の帰路通った。南冥、昭陽の弟子。 |
| 伊能忠敬 | (1745-1818)1800年より全国の測量を始める。1812年姪浜測量。姪浜宿に泊まっている。 |
| 奥村玉蘭 | (1761-1828画家)筑前名所図会10巻 南冥、昭陽の弟子。 |